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未完放流

終わりなど無い、有るのは試練だけだ……

就職氷河期世代にかけられた「自己責任」という言葉の呪縛

はてな匿名ダイアリーの以下のエントリが伸びていますね。 色々な意見が出ておりますが他人事と思えず心が痛みます。

anond.hatelabo.jp

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私も氷河期世代ど真ん中で更に個人的な事情による追い打ちがあったので、 二十代は他の人より悲惨だったと思います。 文字通り食べるのにも困る+αを経験しました。

ですが何とか生きており、今は子供も授かることもできました。

我々も四十前後になりました。孔子の言葉に「四十にして惑わず(道理も明らかになり生き方に迷いがなくなる)」とあります。 世の中の酸いの部分しか知らないかもしれませんが、世の道理は既によく知っていると思います。

他の資料と被りますが、整頓していきます。

氷河期世代とは?

就職氷河期は1993年~2005年の間を指し、wikipediaでは当事者は71年から82年生まれを定義していますが資料によって異なります。 70年代前半は外しているものも見られ76年から82年生まれ辺りは中核のようです。 先ほど出生数(76年から82年)を足し算してみましたが1100万人を超えました。 死亡数は入れてませんが、世代人口は現在でも1000万人は優に超えると思います。

政府からの救済は期待できそうにない

日本社会の考え方からして救済はないものと考えています。

個人的にはベーシックインカムが最も良い方法だと思い、今すぐにでも導入してもらいたいぐらいですが、勘違いしている人が多いので難しいでしょう。 人類が発展し続けたければ、どこかでベーシックインカムに似たものを取り入れる必要があると考えています。 生存権の底上げとでも言えば良いのでしょうか?文化的で最低限度の生活を次のステップに勧めた形ではないかと考えています。

Google 先生まで……悲しいです

Google検索に「氷河期世代」と入れるとサジェストは碌な言葉が返ってきません。 「年齢 優秀 棄民 悲惨 テロ 復讐 手遅れ 少子化

特に「テロ」って何ですかね?我々の世代はテロリスト扱いされるんですかね? 調べてみると「サイレントテロ」という言葉があるのを知りました。

d.hatena.ne.jp

半分くらいの項目は節約・倹約生活していても当てはまると思います。 収入に見合った生活を選んで倹約することまで否定されているようで少し腹が立ちます。

90年代後半から突如現れた「成果主義」と「自己責任」

「成果」の方は、企業の業績不振や競争力の衰退などにより失敗だったとの認識が広まり少しずつ影を潜めている気がします。 特に不祥事が起きたときに「過剰なノルマの蔓延が~」などと報道されるので認めざるを得ないところでしょう。

一方で「責任」という言葉を口にするときは、失敗の原因を自己にはないと主張する場合が圧倒的に多いです。 稀によくできた人が責任を取るという場合もありますが、そのような光景はほぼ見たことがありません。

成果と責任の関係を公正に評価されていないことの証左でしょう。

他者から何かを奪う方便に濫用されただけな気がします。 結局、人と人との繋がりをいたずらに無くし溝を深めただけではないでしょうか?

今でも「自己責任」だと決めつけた論法を展開する人がいますが、 安易に使うのを辞めることから氷河期世代の救済が始まるのかもしれません。

この言葉のために世代内でも最も分断されているかもしれません。

まとめ

当初は同世代で連携・助け合いを探れないかと思い書き始めましたが原因を考えるだけで終わってしまいました。 既に繰り返し言われたことですが、 充分な対価とは言いにくい報酬、過剰な成果の要求、最後に不釣り合いな責任だけが残ったのが現状ではないかと思います。

現在、極めてホワイトな環境に勤めることができ感謝しているのですが、 文字に起こしてみると私も世代相応にギスギスしていますね。

周りから「自己責任」という言葉を使われ過ぎたせいか、防衛のためではありますが攻撃手法や仕返しなどは随分巧みになりました。 あまり気分の良いものではありません。

我々の世代の犠牲で日本全体が持ちこたえたのであれば少しは報われるのですが、 国際競争力も落ち意味があったのか分からなくなります。

私にはなかった視点として

購読している「らくからちゃ」さんも論語を引用し最後に目指すべき社会と「苦しんでいる人にやさしい社会」とのコメントがありました。 会ったことは在りませんが、きっと彼は賢く優しい青年なんだと思います。

www.yutorism.jp

氷河期世代をテーマに文書を書いていると誰の責任かということに関心が向いてしまいがちです。 彼が書いた「苦しんでいる人にとってやさしい社会」という言葉は新鮮でした。 私からは出てくることはまずないと思います。

「三十にして立つ(自分の道徳観や知識が確立して、自信になって思想が固まること)」とありますが、 当時の自分は一番憔悴していた時期から少し抜け出した頃で社会に戻り出遅れたことを許容するのに必死でした。 そのため他者を気遣う余裕もありませんでしたね。