未完放流

終わりなど無い、有るのは試練だけだ……

愚か者にとって老年は冬である。賢者にとって老年は黄金期である。

ユダヤ人の格言です。面白いですね。 若い時に学ぶことは当然として、 暗に老いても学び続けることの大切さを説いている気がします。

最近は、声を荒げるご老体のお話をよく聞きます。

toyokeizai.net

forbesjapan.com

記事に表れる方々は少なくとも黄金期ではなさそうです。

引用した記事は「若者(現役世代)が無条件に老人の世話(負担)をしろ」という主旨と捉えられても仕方がないと思います。

「敬老」を考え直す

人道的な知見を期待したいところですが、 老人の経験と知識を伝えることが、社会・組織・個人などにメリットがあったのが起こりだと思われます。 若者自身も受益者になりえるので慕われ教えを請うた姿が敬っているように見えたのではないでしょうか。 殺伐とした表現になりますが「需要と供給」がありそうです。

昔から年を取れば、全ての人が敬われたわけではないと思います。

平均寿命は先進国で著しく伸びていますが、 人類史で見れば生き残ることが困難だった時代のほうが遥かに長いはずです。 変な表現ですが、長寿もコモディティ化?しており「老い」が大量供給されている考えるんですかね? (経済は素人です)

若者は老人の道具か?

年をとると、誰しも「最近の若い者は……」「自分の若い時は……」と一度は発言します。 古文書などにも書かれているらしいので、言葉が生まれてから使われ続けているのだと思います。 現在最も異なるのは、若者(現役世代)の絶対数が少なかったことはないはずです。

現在があるのは老人のお陰という論法も聞きますが、それは真理でしょう。 しかし良いものもあれば、悪いもの:過ちも多くあると思います。 悪い部分は目を瞑ってほしいというのは虫が良すぎるような。

何故か、奴隷のように若者を使う話しか聞かないのも不思議です。 機械化できる部分は、人でなくも良いような……

まとめ

何だか老人をいじめている人みたいな文章になってしまいました。

ただ私も本当に余裕がないんですよね。 単純計算でも子供の数がこれだけ減ったりすると現状維持に必要な人員が確保できるか怪しい状態です。 打算的に考えても子供に投資せざるを得ないと思います。

お亡くなりになった方を含め年長者で本当に感謝できる人は意外に少ないものです。 傾向として賢者と言えるような人ほど謙虚で、感謝を強要する人ほど賢者(自称)だったような。

現在はネットの普及により知識の面で不利だとの指摘がありましたが、 本当の修羅場を乗り越えている老人の知恵はネット検索程度では及ばないぐらいの妙手を授けてくれます。

あくまで個人の経験ですが。